「どうしてできないの?」その言葉の裏にある小さなSOS
「何度練習しても漢字が覚えられない」
「文章を読むのに時間がかかる」
「計算になると、急に手が止まってしまう」
そんな子どもの姿を見て、「もっと頑張ればできるのに」と思ったことはありませんか?
でも、本人はもう十分に頑張っているのかもしれません。
学習障害(LD)は、努力不足でも、やる気の問題でもありません。
大切なのは「なぜできないの?」と問い続けることではなく、「どうすれば、その子らしくできるだろう?」と考えること。
その視点の変化が、子どもの未来を大きく変える第一歩になります。
学習障害(LD)って、どんな特性?
学習障害(LD)は、現在「限局性学習症」とも呼ばれ、特定の学習に大きな難しさが生じる発達障害の一つです。
例えば、次のような特徴があります。
① 読むことが苦手(ディスレクシア)
文字を正確に読むことや、文章をすらすら読むことに時間がかかります。音読が苦手でも、話を聞けば内容をよく理解できる人もいます。
② 書くことが苦手(書字の困難)
漢字を覚える、文字の形を整える、考えを文章にするなどに難しさがあります。口では上手に説明できるのに、書こうとすると手が止まることもあります。
③ 計算が苦手(ディスカリキュリア)
数字の大きさや数量の理解、暗算、繰り上がり・繰り下がりなどが難しい場合があります。
これらの特徴には個人差があり、複数の困難が重なることもあります。
ここで知ってほしいのは、「特定の学習が苦手」ということと、「能力がない」ということは全く違うということです。
苦手を克服するだけが、支援ではない
福祉や教育の現場では、つい「できないことを練習して、できるようにする」ことに目が向きがちです。
もちろん、練習によって身につく力もあります。
しかし、何十回も漢字を書かせたり、読めない文章を繰り返し音読させたりすることが、必ずしも本人の成長につながるとは限りません。
むしろ、「自分は何をやってもダメなんだ」という気持ちを強めてしまうこともあります。
そこで大切になるのが、本人に合った方法を一緒に探すことです。
例えば、
- 読むことが苦手なら、音声読み上げを使う。
- 書くことが苦手なら、タブレットや音声入力を使う。
- 計算が苦手なら、電卓や具体的な道具を使う。
- 長い説明が難しければ、図や写真で伝える。
- 一度にたくさん覚えるのが大変なら、小さな段階に分ける。
こうした工夫は「甘やかし」ではありません。
誰もが自分の力を発揮できるようにするための「合理的配慮」という考え方にもつながります。
眼鏡を使えば文字が見えやすくなるように、学びを助ける道具があってもいいのです。
LDのある人には、まだ見えていない可能性がある
読み書きや計算が苦手だからといって、好きなことや得意なことまで制限される必要はありません。
絵を描くこと、ものづくり、スポーツ、人と話すこと、動物の世話、機械を操作すること。
一人ひとり、輝ける場所は違います。
LDがあるから特別な才能がある、というわけではありません。
でも、学校のテストだけでは測れない力が、誰にでもあります。
そして、その力に気づいてくれる大人がいることで、子どもの自信は少しずつ育っていきます。
放課後等デイサービスや家庭でも、「今日は何ができなかったか」だけでなく、「今日は何を楽しめたか」「どんな工夫が役に立ったか」に目を向けたいものです。
「できた!」の積み重ねが未来をつくる
私たち支援者や保護者にできることは、決して難しいことばかりではありません。
まずは、本人に聞いてみましょう。
「どこが難しかった?」
「どうしたらやりやすいかな?」
「こっちの方法も試してみる?」
大切なのは、周囲が一方的に方法を決めるのではなく、本人と一緒に見つけていくこと。
そして、小さな成功を一緒に喜ぶことです。
「みんなと同じようにできること」より、「自分に合った方法で、自分の力を発揮できること」。
そこに、本当の意味での成長があるのではないでしょうか。
学習障害(LD)は、その人の可能性を決めるものではありません。
苦手なことがあっても、夢を持っていい。挑戦していい。自分らしく生きていい。
「できない」を責める社会から、「できる方法」を一緒に探す社会へ。
私たちの小さな関わりが、その未来への大きな一歩になるはずです。

